十二

 

 からかわれた輝石君は、不貞寝なのか一人転がって眠ってしまった。静かに寝息を立てる輝石君に、聖黒さんが呆れたように微笑みながら羽織を掛けていた。
「こういうところはいつまで経っても変わりませんね。まったく」
 そう言いながらも、聖黒さんの視線は優しい。私もつられて微笑みながら、綺麗に整った寝顔を見つめた。その寝顔が心なしか疲れているように思えて、顔を潜める。
「疲れているんでしょうか?」
 起こさないように静かに呟く。輝石君が身じろいで、そのせいでずれた羽織を丁寧に聖黒さんが直した。
「――私が話したとは輝石に言わないでくださいね。輝石は美月様に心配をかけたくないでしょうから」
 聖黒さんは念を押すように前置きしてから私へ身体を向けた。その表情は笑みが消えて真剣そのものだった。
「ここ最近、白亜の調子が悪いようです」
「悪いって……どう、悪いんですか?」
「健康上に――もっとも、これは身体≠ニいう観点からのみですが、痩せてはいますが問題はありません。簡単に言うと、精神状態が悪化しているということです」
 私は聖黒さんの言葉に小さく頷いて、それから白亜さんの顔を思い浮かべた。痩せてはいるけれど、輝石君と似た綺麗な顔立ちに曖昧な微笑みを浮かべた、そんな表情が頭に浮かぶ。そして次に、そんな白亜さんを寂しそうな笑顔で見つめる彰さんが浮かんだ。
「彰さんには?」
「言っていないでしょう。ここ最近は状況が不穏ですから」
 聖黒さんはそれだけ言うと、輝石君から離れて朱兎さんに障子を閉めるように合図する。朱兎さんは背を向けて、静かに障子を閉めた。
「白亜のことも心配ですが、今はあなたの身の安全を確保することが最優先だと言うことです」
「……それは」
「私の個人的見解ですが――そしておそらく闇音様も一致した見解をお持ちだと思いますが」
「私を殺そうとしてる人がいる、ということですね」
 聖黒さんの台詞を遮って断言すると、聖黒さんは驚いたように目を見張った。それに苦笑を向けて、膝の上で手を強く握る。輝石君の寝息すら聞こえなくなった部屋は、恐ろしいくらいの静寂に包まれた。
「私もそこまで馬鹿じゃありませんから……何となく、気づいていました。闇音は過剰と思えるほど私を守ろうとしてくれているし、他の皆さんもそうです。それに、闇音を襲ったあの人だって――」
 闇音を襲ったあの人の記憶は消えていた。
 一体なぜ、記憶を消す必要があったのだろうか。自分が指示を出したと知れては不都合があるからだろうか。けれど相手は、あの人に顔を見せてはいないはずだ、と闇音は言っていた。それではなぜ、黒月邸に忍び込むというリスクを冒してまで、記憶を消したのか。
 その人物が、闇音と近い場所にいるから?
 では一体、彼を操ったのは、誰なのか。
 闇音を殺したいほど憎むのなら、まず闇音に近い人間を殺せば、闇音をさらに苦しめることができる。そしてそのターゲットが、私だとしたら――?
 闇音が私に何も言わずに守ろうとすることに、合点がいくのだ。
 そう思う度、見えない影だけが徐々に近づいてくる、得たいの知れない恐怖心だけが膨れ上がってくる。それを何とか宥めすかして忘れようとするけれど、それは難しい。
「たくさん迷惑かけちゃってますね。私」
 握り締めていた力を解いて、聖黒さんから目を逸らす。けれど何を見ようともしていなかった私の瞳は、不安定に空中を漂った。畳の上を歩く音が聞こえて顔を向けると、朱兎さんが真摯な表情で私の傍に腰を下ろした。
「大丈夫ですよ。僕らは迷惑だと思いませんし、美月様のために働けるなら本望です」
「そうだ。俺たちは美月を護るために存在しているんだから――安心して任せてくれ。必ず、美月も闇音様も護って見せるから」
「……それが申し訳ないと思っちゃうんだけどな」
 軽く頭を掻いて首を傾げると、蒼士さんが苦笑を浮かべた。隣の朱兎さんも彫刻のような顔立ちを苦笑いに崩していた。
「取りあえず、分かってることがあるの」
「何ですか?」
 せき込むように訊ねてきた聖黒さんに、私は髪を梳きながら手を下ろして、膝の上に重ねた。
「闇音は私に何もして欲しくないんだなっていうことです。多分、闇音は私に大人しくしていて欲しいんだと思います」
「……護りたい、ということですね。あなたを危険に晒したくないと」
 聖黒さんは小さな声で呟くと、顔を逸らした。そして溜め息を一つ零すと、目を伏せた。
「闇音様も大人になりましたね。どうしてでしょう……非常に年を取った気分になります。幼い頃から存じ上げているからでしょうか」
 聖黒さんははりのない声で呟くと、目を閉じた。そんな聖黒さんを心配そうに見つめる朱兎さんが慰めるように言った。
「聖黒はまだ十分若いよ。ただ、闇音様が大人になられただけだよ」
「そうですね。でも、時は過ぎるのですね。それが少し、悲しくなっただけです」
 聖黒さんは言うと、目を開けて私を見つめた。その瞳に先程までのぼんやりとした表情はない。
「闇音様があなたを護ろうとしているのに私たちが何もしないなんて四神の名折れです。我々はあなたを護るために生まれてきたのですから」

 

 

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