三十一

 

 駄菓子屋は朱兎さんと彰さんの興味を引くのに十分だったらしい。お店の中をゆっくりと眺めてかなりの量を買い込んだ二人は、それぞれお土産にするという。朱兎さんは優花ちゃんに、彰さんは白亜さんにだ。
 駄菓子屋で知らず知らずのうちにかなりの時間を過ごしていたらしい。呉服屋でもかなりの時間を使っていたために、既にお昼をとうに過ぎて日が傾きかけてさえいた。
 駄菓子屋の店先で買ったお菓子を食べていたこともあって全員お腹は空いておらず、輝石君は「昼代が浮いた」と笑っていた。

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。夕食に間に合うように黒月に着きたいですし」
 芳香さんは店先のベンチから立ち上がると、にこっと笑う。それに促されるように全員がそろそろと立ち上がった。
「結局あんまり街を見て回れなかったな」
 輝石君は伸びをしながらそう言うと、ちらりと朱兎さんと彰さんを見遣る。二人は視線を感じたのか、同じように苦笑を浮かべた。
「で、彰はこれから(うち)に寄るのか? 姉ちゃん、多分起きてるとは思うけど」
「いや、今日は黒月に戻るよ。真咲から今日の仕事がどうだったか聞かないといけないから」
 彰さんは残念そうに眉を下げる。輝石君は一つ頷いてから、私を見て手を振った。
「じゃあ俺はこれで帰ります。もうそろそろ帰らないと夕餉に間に合わないので」
「うん。気をつけてね」
「美月さまも」
 にっと笑った輝石君は踵を返して歩いて行く。暫く手を振ってそれを眺めていた私は、とんと肩を軽く叩かれて顔を上げた。
「じゃあ俺たちも帰ろうか」
 促すような笑顔を浮かべた蒼士さんに首肯して、輝石君が向かった道とは反対方向に足を向ける。
「それにしても、美月様も随分と買い込まれましたね? お一人で食べきれますか?」
 芳香さんが、私が持つ紙袋を指差してそっと首を傾げた。私はその茶色の紙袋を胸に抱えるようにして持ち直す。
「これは……一人用じゃなくて」
 抱き締めるように紙袋を引き寄せると、かさりと音が鳴る。中にたくさん詰められている駄菓子が揺れた。
「ではお土産ですか? どなたに?」
 きょとんとした顔で訊ねてくる芳香さんに、その隣で彰さんが溜め息を吐く音がした。
「どなたって――どなたかはもう決まっているよ。少し考えれば分かる」
「何それ。私が考えなしだと言いたいの?」
 芳香さんは唇を突き出して彰さんを見上げる。彰さんはそんな芳香さんをあくまで冷静に見つめ返してから、もう一度息を吐いた。
「こういうところ、芳香と真咲ってそっくりだよね。ちょっと抜けてるっていうかさ」
「私は真咲みたいには抜けていませんよ」
 くすくすと控えめな笑い声を漏らして朱兎さんが言う。それに更にむっとした様子で芳香さんは呟いてから、私が抱える紙袋を覗き込んだ。
「でも、どなたにです? 斎野宮のご両親ですか?」
 芳香さんの顔を覗くと、本当に真剣に悩んでいるように見えた。少し寄せられた眉を見ると、そこまで悩むほどのことでもないと言いそうになってしまって、私は口をつぐんだ。どうにも言い出しにくい状況に何と答えようかと悩んでいると、聖黒さんの穏やかな声が聞こえてきた。
「闇音様にですよ」
 言い難いことを事もなげにさらりと告げられて、私は聖黒さんを仰ぎ見る。聖黒さんはにこりと微笑んでいた。
「あっ! ……そうだったんですか。闇音様にですか」
 今度はしみじみとした芳香さんの声が耳を打って、私はだんだん恥ずかしくなってきた。
 じわじわと顔に熱が昇っていくのを感じて、音を鳴らして紙袋を抱え込む。少し顔に掛かるように抱え込んだ紙袋から、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「そ、その、まあ、闇音も甘いものとか取らなくちゃいけないと思って。それにあの、もしかしたら甘いもの嫌いだったら私が食べればいいかなって……その、深い意味はなくて」
 ぐるぐると回る頭の中を整理できず、口を突いて出たのは取留めもない言葉だった。
「だから闇音にっていうか、結局は自分にっていうか……そうです、自分にで」
 駄目だ――と私は思いながら俯いた。言えば言うほど深みに落ちていく。墓穴を掘っている。
「別にそんなに焦らなくてもいいじゃないか。闇音様にだろ?」
 そっと慰めるように、けれどどこか面白そうな蒼士さんの声が聞こえて、私は力なく項垂れた。
 溜め息を吐いて、改めて紙袋を覗き込む。水あめ、あんず飴、りんご飴、かりんとう、カルメ焼き、海老煎餅、金平糖――自分の好きなものと、目に入ったものを買い込んでいったらかなりの量になってしまった。けれどこれだけあれば、きっと闇音の口に合うものもあるはずだ。
 ぼうっとして歩いているといつの間にか街の喧騒は遠く、静かな小川に出ていた。ここから黒月まではあと少しだ。
「重くないか? 代わりに持とうか?」
 紙袋を指差して蒼士さんが優しく訊ねてくれる。けれど私は微笑んで首を振った。
「あっ。立て替えてくれた分は後でちゃんと返すね」
 駄菓子屋での清算を思い出して勢いよく顔を上げると、蒼士さんは苦笑を浮かべて「待ってるよ」と頷いた。それから不意に視線を外した蒼士さんは、真っ直ぐ前を向いてゆっくりと柔らかく目を細めた。つられるように目を向けると、私たちと同じように黒月家へ向かって歩く闇音と真咲さんの背中が見えた。

 

 

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