三十

 

「美月さま! どれでも好きなの選んでください! 俺の奢りですよー!」
「では輝石、ここからここまですべてをお願いします」
「俺にはあっちからそっちまで」
「お言葉に甘えて、僕にはあの奥からこの手前までを」
「はいはい――ってちょっと待て! なんで俺が奢るんだよ!」
 輝石君は見事な裏手パンチを聖黒さんの肩に決める。
 そのやり取りに噴き出した芳香さんと私の隣で、彰さんが見てはいけないものを見たような表情で、そっと顔を背けた。
「『俺の奢り』って言ったのは輝石だろう」
 至極真面目な顔で指摘する蒼士さんに続いて、朱兎さんも頷いた。
「嘘ついたの? 酷いね……輝石は」
「私はそんな子に育てた覚えはありませんよ」
 朱兎さんは傷ついた様子で、聖黒さんは悲しそうに呟く。
「確かに奢りって言ったけど、それは美月さま一人に対してだろ! それにそもそも俺は聖黒に育ててもらった覚えはない!」
 輝石君は躍起になって大きな声で否定する。その様子に芳香さんは顔を両手で覆って笑い声を漏らした。
「俺は美月さまに奢るの! 聖黒も蒼士も朱兎も、駄菓子買うお金くらい持ってるだろ。俺に(たか)るな」
 輝石君は三人順番に人差し指をさして説教するように言う。そして次に彰さんを指差した。
「ほら見ろ! 彰が困ってるだろ!」
「えっ――あの、そうですね」
 決まり悪そうに顔を逸らしていた彰さんは、突然矛先が自分に向けられて苦笑いを零す。それでも輝石君に同調すると、三人は一様に不満そうに頷いた。
「彰が困るんだったら仕方ないね。僕らは自分のお金で買おうか」
 朱兎さんはあっさりとそう言うと、お店に入ってしげしげと商品を眺め始めた。
「あっ。朱兎さん、これ美味しいですよ。お勧めです」
 芳香さんはすっかり笑いが治まったのか、朱兎さんの後を追ってお店に入ると、店先にあった焼き菓子を手に取った。
「美月様は何を買われます?」
 聖黒さんにぽんと背中に手を当てられて、店内に促される。私はまだ先程のやり取りが鮮明に残っていて、聖黒さんを見上げて噴き出してしまった。
「あっ、ごめんなさい!」
 慌てて口に手を押し当てて謝るけれど、聖黒さんは気にした様子もなく笑った。
「いいえ。驚かれましたか?」
「ちょっとだけ。いつものからかい≠ニは主旨が違うみたいだったので」
 まるで漫才でも見ているようなそんな気分だ。それを四神が繰り広げたというのだから、尚更おかしな気分になる。
「湿っぽいよりはよいでしょう? 四神家当主といっても、私たちは幼い頃から顔なじみですからね。年齢も関係なく、お互いに遠慮がない間柄なのです。美月様は仰々しいよりは砕けている方が落ち着かれるようですし、私たちも素が出せて一石二鳥ですよ」
 聖黒さんは優しい声でそう言ってから、輝石君を見つめて言った。
「では美月様、たくさん選んでくださいね。輝石の奢りですから」
 私は顔を上げて聖黒さんに頷いてから、彼が彰さんの元へ行くのを見送る。
 確かに湿っぽいよりも、ずっと楽しい。
 私は近くにあった水あめを手にとって、小さく微笑んだ。懐かしさを感じて、それから一人の顔が浮かぶ。きっと彼も、小さな頃は駄菓子を食べたのではないかと直感で感じた。
「美月さま、水あめお好きなんですか?」
 ひょいと後ろから顔を出してきた輝石君に、私は笑いかけながら言った。
「うん。懐かしいなって思ってたの」
「じゃあ、それ買いましょう」
 輝石君は棚に並べられている水あめを何個か手にとって、籠の中に入れる。私はそれを見ながら口を開いた。
「ごめんね。私にお金がないばっかりに」
「え? そんな、気にしないでください!」
 輝石君は全力で首を振りながらそう言ってから、はたと何かに気がついたのか首を傾げた。
「あれ、でも確か――ちょっと蒼士」
 近くで小さな安倍川餅を選んでいた蒼士さんは、輝石君の呼び掛けに顔を上げた。
「何だ?」
「確か美月さまって、斎野宮のご当主からお金もらってなかったっけ? 黒月に嫁ぐときに」
「ああ……持参金だな。確か黒月の資産に統合させたはずだ。闇音様が管理する奥方用の資産に」
「それって使えないのか? 美月さまの勝手に」
「使えるはずだけど。持参金って言っても、それとは別に斎野宮から黒月に相当額包んであるし。だから本当に御当主が美月に持たせたお金なんだよ。それにその資産を闇音様が管理していると言っても名ばかりだし、実質美月の財産だからな」
 蒼士さんは、今度はあんず飴を手に取った。
「美月、あんず飴とりんご飴がある。こういうのは普通、屋台でしか売ってないのにな」
 蒼士さんは珍しそうに眺めてから、私にそれを差し出した。
「好きだろ? あんず飴とりんご飴」
 私は差し出されたあんず飴を受け取りながら、頷く。そして口を開いた。
「私、そんなお金があるなんて知らなかった。それって本当に、私が勝手に使ってもいいの?」
「そうだな。少なくとも持参金は使ってしまってもいいと思う。元からあった黒月家の資産は、黒月家のために使うってことにすればいいんじゃないか?」
 蒼士さんは微笑むと、続けた。
「お土産、買いたいって思ったんだろ?」
 すっと顔を上げて蒼士さんを見上げると、蒼士さんは優しく頭を撫でてくれた。そしてあんず飴をもう一つ、私に持たせてくれる。
 やはり私は蒼士さんには敵わないらしい。すっかり見抜かれていた考えに小さく苦笑してから、あんず飴を見下ろした。

 

 

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