二十

 

「闇音、どうしてあんな言い方するの?」
 隣に座る闇音の着物の裾を引っ張ると、闇音は鬱陶しそうに私の手を払いのけた。
「お義父さんにあんな言い方しちゃ――」
「お前は誰の味方だ?」
 闇音は私の言葉を遮って、相手を抉り取ってしまうほどの強い視線を私へ向ける。その中に深い憤りが見えた。
「お前は俺の妻だろう。お前は俺を見て、俺に従っていればいい。お前が言ったんだろう――俺を見ると」
「そうだけど、そういうことじゃないでしょう? お義父さんにあんな言い方したら闇音が――」
「俺はあの人を父親だなんて、もう何十年も思ってない」
 闇音は強く、けれどどこか悲しげにそう言い切った。その言葉に返す言葉を失った私は思わず口をつぐむ。するとそれに畳みかけるように闇音は「この話は終わりだ」と言いたげに冷たい一瞥を私へ投げた。
「闇音」
 小さく名前を呼んで手を伸ばす。けれど私の手が闇音を掴む前に、闇音はするりと避けるように立ち上がった。
「仕事に戻る。お前はどこへでも行け」
 私には背中しか見せずに、闇音は淡々と告げる。それは遠回しでいて直接的な拒絶だった。
「……私とは一緒にいたくないってこと?」
 確かめるために訊ねた言葉は、そのまま空中を漂って消えた。
 闇音は私には答えずに、無言のまま床の間の前に腰を下ろす。もう私の方を見もしなかった。
「闇音」
「四神のところにでも行け。街にでもどこにでも出ればいいだろう。俺は一人になりたい……お前といると疲れる」
 こめかみに指を押し当てて、闇音は険しい表情で目を閉じた。
 きっとこれ以上何を言っても闇音には届かない。そう悟った私はぎゅっと唇を噛み締めて立ち上がると、部屋を出た。
 心の底から面倒だと思われていると分かった。それが空気を介して伝わって、身体を刺し貫くようだった。
 ただの言い訳だと闇音は思うだろうけれど、闇音がお義父さんにあんな言い方をすれば傷つくのは彼の方だと思った。冷たい素振りをしたり厳しい言葉を吐いたりすると、彼はいつでも最後には自分を傷つけているように思えていた。
 だから私はそれを守りたかったのだ。闇音が自分自身を傷つけないように、あんな言い方をして自己嫌悪に陥らないように。
 ただ、闇音を守りたかったのに――それすらも、伝わらない。
 それすらも、面倒だと思われてしまう。
 顎が震えて、視界がぼやける。自分が泣こうとしているのだと気がついて、私は急いで滲んだ涙を拭った。震える顎を止めようと静かに深呼吸を繰り返してから、そっと振り返る。
 開け放たれていたはずの襖が、今はすべて閉じられている。それがまるで闇音の心をそのまま映しているようで、切なかった。
 どうやっても闇音には伝わらない。闇音の心は私には開かない。
 私に闇音を救うなんて、できない。

 

 

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