二十五

 

 ぼんやりと自分の部屋から縁側越しに見える景色を眺める。綺麗だなと思っていると、心配そうな優花ちゃんの顔が私の顔を覗き込んだ。
「どうかなさいました? 今日の美月様はどこか変ですよ」
 その言葉にはっとして、優花ちゃんと小梅さんの方を見ると、二人とも眉をひそめて心配そうな表情で私を見つめていた。
「ごめんね。何もないよ」
 私は慌ててそう言ったけれど、二人は腑に落ちない表情を浮かべて、私の心を見透かすような鋭い視線を送った。
「……いいえ。そんな感じはしませんわ」
 小梅さんがそう小さく言うと、優花ちゃんが私の手をぎゅっと握った。
「美月様、何かあったら私たちを頼ってください」
 優花ちゃんの瞳には、混じりけのない光が宿っている。
「私の立場は分かっているつもりです。主家の姫君にこんなこと言うなんて失礼に値すると分かっていますが、私は美月様のことを本当の友達のように思っています」
 優花ちゃんの言葉を引き継いで、小梅さんが言う。
「私も不躾ながらそう思っていますわ。美月様が気分を害されるなら、すぐにそのような考えは捨てます。けれど美月様……。本当に私たちを頼って下さって構わないんですよ」
 小梅さんも私のもう片方の手を握りながら、切々と訴えてくれる。
 その様子に私は自分の顔から笑みがこぼれるのを感じた。
「そんな、失礼だとか不躾だなんて。友達だって言ってもらえて、どれだけ嬉しいか……。この世界でこんな素敵な友達ができるなんて、私……」
 私がそう言うと、二人はほっとしたように息を吐いて、それから続けた。
「だったら、友達なら、私たちを頼ってください」
 優花ちゃんが強くそう言うと、小梅さんも頷いた。
 私はそんな二人の様子を見つめて、どう切り出せばいいのかと頭の中で少し考える。
 泉水さんが好きなの、でも泉水さんには他に好きな人がいるみたいなの。
 そんな子供っぽい言葉しか頭に浮かんでこなくて、我ながら語彙力の低さに苦笑した。
 一人苦笑する私を見て、小梅さんが心配そうに声を掛けてくれた。
「――無理に問いただすつもりはありませんわ。ですから重荷に感じないでくださいね」
 小梅さんは心配そうな、けれど優しい視線を私に向ける。優花ちゃんも同じように優しく私を見つめると、さらに強く私の手を握った。
 二人の優しさに包まれて、私は温かな気持ちで言葉を口に出した。
「あのね、取留めのない話になりそうなんだけど、聞いてくれる?」
 私が小さくそう言うと、二人とも真剣に頷いてくれた。
「泉水さんのことなの」
 私が泉水さんの名前を告げると、二人ともやっぱり、という表情を浮かべてもう一度頷いた。
「はっきり言われたわけじゃないけど、なんとなく直感で思うことがあって……。泉水さんって、きっと、多分……好きな人がいると思う」
 私はぎゅっと拳を握って、二人に言った。
 すると優花ちゃんは、なんだ、と拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「それって美月様のことでしょう?」
「違うの」
 優花ちゃんの言葉をすぐさま否定しながら、私は首を左右に振った。
「……多分だけど、泉水さんは好きな人がいると思う。私のことは、そういう好きじゃないと思うの。……つまり、恋愛対象ではないと思う」
 自分で自分を苦しめるような言葉を続ける。その言葉に胸が引き裂かれそうになる。
「多分、その人のことを今でもずっと想ってる。忘れられない人なんだと思う」
 私が俯きながらそう言い終えると、優花ちゃんと小梅さんが困っている気配がした。
「ですけど、それを泉水様から直接言われたわけではないんですよね?」
 小梅さんが気遣うように優しくそう言ってくれる。
 確かに、直接言われたわけではない。今はまだ、私の直感という推測の域を出ていない。けれど、これは間違いない真実であるように思えた。それ程に、あの時の泉水さんは苦悩に満ちていたのだ。
 私が何も答えずにいると、優花ちゃんが元気づけるように明るい声を出した。
「直接言われたわけじゃないなら、勘違いってこともありますよ。ね?」
 優花ちゃんは小梅さんに同意を求めながら、私に優しく語りかけた。
「そうです。美月様、元気を出して」
 小梅さんも明るい色を含んだ声を出して、私にそう言ってくれた。
 そうだろうか。勘違いなんだろうか。けれど、そう片づけてしまうにはあまりに鋭い、確信に近い直感だった。
 私は二人の言葉に感謝しつつも、その表情は曇ったままだった。
「それに、泉水様が何も言わないなら、その人から奪っちゃえばいいじゃないですか!」
 優花ちゃんが私の表情を晴れさせようと、ずいっと一本指を立てて、楽しげな表情を浮かべて言った。けれどそれは私を気遣ってのことで、優花ちゃんの瞳からは楽しい様子はまったく感じられなかった。
「ほんとはね、そうしたいの」
 私は少し俯きながら言葉を吐きだしていった。
「気づかなかったふりをしたい。気づかなかったふりをして、今までどおり泉水さんと向き合っていたい。泉水さんがどれほどその人を想っていたとしても、そんなの私には関係ないって思いたい」
 醜い心を吐きだして、少しでも心を軽くしたいと、そう思って言葉を紡ぎ続ける。
「――だけど、だめなの。どうしても心のどこかで考えてしまう。泉水さんは私と一緒にいても、きっとずっとその人のことを想い続ける」
「そんなことありませんわ。美月様の心の美しさを、泉水様も気づいていらっしゃいます」
 小梅さんが辛そうな表情を浮かべて、首をゆっくりと振った。
「例え泉水さんがそう思ってくれたとしても、私のことを愛してくれることにはならないと思う」
 私が静かにそう否定すると、小梅さんも優花ちゃんもぐっと言葉を呑み込んだ。
「泉水さんに幸せになってもらいたいって思うの。これまでずっと優しくしてくれたから。だけど、泉水さんが見つめる先に自分がいられたら、どれだけ幸せだろうとも思う」
 そう言うと、私は無意識に溜まった涙を零さないように、そっと庭へ視線を移した。
「でも、まだ確実じゃないです。泉水さんからそう言われたわけじゃないなら……」
 優花ちゃんはそう言うと、ぎゅっと眉間にしわを寄せて俯いた。
「そうだね。これはまだ一応、私の推測だもんね」
 それが唯一の救い、まだ望みがあるかもしれない、と心の中で思って私は二人に向かって言った。
 二人が一生懸命私を気遣ってくれて、元気を出させようとしてくれているのに感謝して、私は少し無理やりに笑顔を作った。
 二人は私のその笑顔が作り物だと一瞬で見抜いたようだったけれど、それでも優しい笑顔を返してくれた。

 

 

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