◇終章◇

 

 晴れ渡る空を見上げながら、俺は制服を着てしっかりとした足取りで歩いている。今日は四月八日、新学期だ。
 今までは新学期と言っても別段昨年度までと変わりはなかったけれど、今年は登校時点からして既に違う。俺の隣には始めてできたと言っても過言ではない友達≠ェいる。
 彼女――桜井は楽しそうに笑いながら、昨日見たらしいテレビ番組の話を一生懸命俺に語っている。俺はその番組を見ていないのだけれど、それを言い出すタイミングを逃してしまったために、桜井に気付かれないように微笑みを浮かべて頷いている。
 二人で歩いているとやがて、右手に大きな屋敷がどっかりと構えているのが目に入ってくる。俺はそれを見て気持ちが急くような感覚を覚えながらも、なんとか心を落ち着かせようと浅く呼吸を繰り返した。
「あっ! 神野さんじゃないですか」
 楽しそうに話し続けていた桜井が、ふと前方を見て驚いたように声を上げると、笑顔を浮かべて走り出した。俺も桜井が見つめた前方へ視線を移動させて、そして小さく息を吐き出すと桜井に続いて少し早足で、不貞腐れたように大きな門にもたれかかる少年の元へ近づいた。
「こんな朝から何の用だ」
 俺が目の前まで歩いて行くと、少年は不機嫌そうに顎を上げて俺を見上げ――いや、見下ろした。
「ごめん。でもこれ、学校に行く前に渡したくて」
 俺はそう告げると、肩に掛けた鞄をごそごそいわせて目当てのものを探った。
 その間、桜井はにこにこと微笑みながら神野の頭を撫でている。神野はその手を鬱陶しそうに払いのけたけれど、桜井は気にせずに笑顔のままだ。俺はそれを横目で見ながら、桜井の度胸に内心舌を巻いた。――あの神野の頭を撫でられる勇者は、きっと桜井澄花たった一人だろう。
 ようやく鞄の中を探っていた手に、細長い箱が当たる。俺はそれを引き出すと、目の前の神野の目線に合わせてそれを差し出した。
「これ、あげる。今日が神野の誕生日だろ?」
 去年の年末に聞いた、神野の誕生日。俺はそれを随分昔のことのように感じながら、驚いた表情を浮かべている神野の手を取って、その箱を持たせた。

 

 世界には二種類の人がいるという。今でも俺は世界の人間を二種類に分けるなんて無理だと思っているけれど、あえて分けてみるなら、やっぱり俺はこう分ける。
 世の中の摩訶不思議な出来事を何一つ経験せずに済む人と、それに自分の意志に反して巻き込まれる人。
 俺は今でも変わらず後者だけれど、俺を取り巻く環境は六日前の俺の誕生日を機にがらりと変わった。
 相変わらず物の怪は見えるし、俺の気を引こうとしているのかちょっかいを出される日々で、それは何も変わっていない。でも、それでも俺はこの血とこの人生を自分なりに受け入れられたと思っている。今、この空気の中で――。

 

 

怪奇事件簿001 了...

 

 

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