妨害行動を懸けた勝負が一体どんなものになるのか想像もできないけど、取りあえずそう言っておく。
 ヤーコは僕が了承したことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべて勢いよく頷いた。
「よしよし。それでこそ地球代表だぞ!」
 いきなり規模の大きい代表に抜擢されてしまった。
「それではいくぞ!」
 ヤーコはそう言うと、大げさに身構えた。まるで今から僕を力の限り殴るみたいだった。
「じゃーんけーん――ぽん!」
 ヤーコの元気な声に合わせて、同時に二人がジャンケンを繰り出す。
 ヤーコはグー。僕はパーだった。
「――はい。一回目は僕の勝ち」
 さらりと言って、もう一度構える。勝負はあと二回。次、もう一度僕が勝てれば勝負は終了だ。
「えぇ? ワタシの負けか? そ、そんな――」
「さくさく進めるよ。じゃーんけーん――」
「ちょ、ちょっと待て! 心の準備がまだだ」
 ジャンケンをするのに心の準備もあるか。
 僕は思ったけど、口には出さずにヤーコの準備が整うのを待つ。ヤーコは深呼吸すると、再び大仰に身構えた。それから一つ頷くと、口を大きく開けて、
「じゃーんけーんぽん!」
 言った。
 二度目のジャンケン。ヤーコが出したのはチョキで、僕が出したのはグーだった。
 結果を見た僕はにっこりと微笑んでヤーコを見下ろす。
「はい。二回目も僕の勝ち。じゃ、僕はもう寝るから。潔く諦めてよね」
 そう言って身を翻す。だけど、二度あることは三度ある、だ。僕の腕は再び強く後ろから引かれた。
「待て! インチキだろう! ヒナタ、インチキだ!」
 まさかの如何様師扱い。
 ジャンケンでインチキも何もあるか。そんな話、聞いたこともないし、青葉だってそんな言いがかりを付けてきたことなんてない。
「インチキするわけないでしょ。どこをどうやったら僕がインチキできるわけ?」
「……それはだな、えーっと……ワタシが出す手を読んだな!」
「僕は生憎と君みたいな高等生物じゃないからね。相手の出す手を読めないよ」
「そんなぁ……」
 しょんぼりとするヤーコ。少しだけ可哀想に思えたけど、勝負は勝負だ。仕方ないことだ。
「諦めてよ。僕は面倒はごめんだから」
「いや、やっぱりワタシはそんなことは認めないぞ! ヒナタは地球人として、人間として、ワタシの征服から全人類を守るべきだ!」
「勝手にスケールの大きい話にするのやめてよね。面倒くさいなぁ」
「その発言は地球人にあるまじき発言だぞ」
「それはどうも」
 僕はそう言って、再び踵を返す。けれどヤーコは僕の腕を掴んで放さない。
「勝負しろ、ヒナタ!」
「嫌です」
「お願いだ。勝負しろ」
「謹んでお断りします」
「ワタシが頼んでいるのに断るのか?」
「そのつもりですけど何か?」
 僕が当たり前のように返すと、ヤーコは本気で驚いたのか目をまん丸く見開いて僕を見上げた。そんなに驚かれても困るのは僕の方なんだけど。
「だってヤーコが言い出したことでしょ? ジャンケンで僕が勝ったらヤーコの地球征服に対する妨害行動をしなくてもいいって。僕はその条件を呑んでジャンケンした。結果、僕が勝ったんだから僕がヤーコの勝負を受けて立たないといけない理由はないわけ。……ここまでついてこれてる?」
 あえてゆっくりと、懇々と、諭すように話す。けれどヤーコはそれが気に食わないのか怒ったように顔をしかめた。
「ワタシをバカ扱いするな。それぐらいワタシにも分かっている。すべてを承知したうえで頼んでいるのだ。ワタシと勝負してくれ、と」
 ヤーコは腰に手を当てて、傲慢に言った。
 それが人にものを頼むときの態度なのだろうか。少なくとも僕にはそう思えない。
「訊いてもいい? っていうか訊くけど、何でそこまで勝負にこだわるの? 別に勝手に征服でもなんでもすればいいでしょ。僕はこれ以上、面倒なことに巻き込まれたくないんだよね。だから勝負を受けて立つとか、絶対に嫌なんだよ」
「だって好敵手がいないと何事も楽しくないじゃないか。ゲームでもそう、現実世界でもそうだ。張り合う相手がいないと達成感がそがれる。ワタシはヒナタに好敵手になってもらいたいし、ヒナタの妨害を食らいつつ人間を征服したいのだ。分かるか?」
 さっぱり分からない。好敵手なんて、いないに越したことはないと僕は思うのに、ヤーコはそうじゃないらしい。
 十人十色。考え方は人それぞれということか。
「だから頼む。ヒナタ、ワタシのために一肌脱いでくれないか?」
 嫌だ、という言葉が喉から出かかる。けど僕は、その代わりにため息を零した。
 何度嫌だと拒否しても、ヤーコは絶対にそれを認めないだろう。すごく横暴だし、はっきりいって、ジャンケンの前に取り決めた約束なんてまったく意味をなしていないことに腹が立つ。けど、それを地球外生命体であるヤーコに言ったところで何も変わらない気もする。
 それに僕は今、ものすごい睡魔に襲われていて、早くベッドにもぐりこみたい。僕のパラメーターがあったなら、現在の状態は「眠気92 ヤーコに対する拒否感5 ヤーコを家から追い出したい気持ち2 ヤーコを言いくるめる気力1」といったところだろう。こんな状態では上手く言葉を紡げる気はしないし、もうどうでもいいという気さえしてしまう。これではヤーコの思う壺だとは分かっているんだけど。
 ヤーコは上目遣いで僕の瞳を覗き込むようにしながら、じっと次の言葉を待っているようだった。僕はヤーコから目を離して、暗い階段の先を見上げる。僕には階段の暗闇が心地よい睡眠を誘う天国のように思えた。

 

 

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