「……いや、言ってる意味が分からないけど」
「ワタシと勝負しろ、ヒナタ。ワタシが負けたら仕方がない。妨害も阻止もなしで征服行動に移ろうではないか。ただし、ワタシが勝ったらヒナタはワタシの征服行動を阻止しろ」
 いやいや。そういう話ではないはずだ。そもそも、僕は無駄な行動をしたくないわけで、だから妨害も阻止もしたくないと言っているのだ。けれどヤーコの話では、僕が否応なしに行動を起こさないといけないことになる。
「ヤーコ。僕が言ってること分かってる? 僕はね、無駄なことはしたくないんだよ」
「私との勝負が無駄だと言いたいのか?」
 そうに決まってるでしょうが。
 僕はそう言いたいのをぐっと堪えて、違う言葉を口に出す。
「その勝負とやらをして、僕が勝っても負けてもヤーコは征服行動を起こすんだよね? だったら勝負をする意味がない」
 だってそうじゃないか? この勝負ではただ単に、僕が阻止するか無気力にヤーコの計画を見つめるか、どちらかを決めるだけにすぎない。そのための勝負なんて、ちゃんちゃらおかしいじゃないか。勝手にやってくれって感じだ。ヤーコが人間征服をやめるか、計画を遂行するか、そのどちらかを決める勝負をする方がまだマシだ。まあ、「まだマシ」なだけで、やりたくはないけど。
「うーん。確かにヒナタの言うとおりだ」
 あっさり僕の言い分を認めてしまうヤーコ。こんなに簡単に相手の言うことを受け入れてしまうなんて、今後が思いやられないのだろうか。少なくとも、僕がヤーコなら今後の心配をするだろう。
「だがワタシの立場になって考えてみてくれ。妨害がないと面白みに欠けるだろう?」
「そうかもしれないけど、僕がヤーコの立場なら、妨害がない方がスムーズに事が運んで楽だと思うよ」
「物事、楽で進むことほど暇なことはないぞ」
「僕は楽で進むことほどいいことはないと思うけどね」
「ああ言えばこう言う、だな。ヒナタは」
「それは僕の台詞」
 一向に進まない話。一向に展開しない話。
 僕からすれば「人間征服? へぇ、勝手にどうぞ」という話だ。タイムトラベルをする、というのと同じ次元なくらい実感が湧かない話だ。それをいきなり「ヒナタ、お前が止めろ」なんて言われても、現実味がないのに行動に移すのは難しい。実際問題、目の前のヤーコに人間征服ができるとも思えない。もしかしたらネコを被っていて、ものすごく頭の切れるヤツかもしれないけど、そのときはそのときだ。潔く抵抗せずに諦めた方が無難で安全だ。
「じゃあ、ヤーコ。明日から頑張ってね」
 僕が一方的に言って踵を返す。階段を上ろうと足を踏み出した瞬間、先程と同じように腕を引っ張られた。今度はまだ階段に登っていなかっただけマシだった。
 僕はため息を吐いて、ヤーコを振り返る。こんなにもため息を吐いていたら、いずれ酸欠になってしまうのではないかと思わず自分自身を心配してしまう。けれどヤーコは、僕がそんなことを思っているのも知らず、じっと僕を見上げていた。
「今度は何?」
「ジャンケンというものを知っているか?」
 ジャンケン。
 それはあれだろうか。グー、チョキ、パーの三種類の形がある、あの勝負?
 聞き慣れた言葉がヤーコの唇から零れたことに若干驚いて、そんなことを考えてしまった。
「街を彷徨っているときに、子どもたちがやっていたのだ。こう……」
 ヤーコは言って、手をグーの形にして拍子を取るようにする。
「『最初はグー、ジャンケンポン』と言ってな。おそらくワタシの推察では、彼らは勝負をしていたのだと思う。ワタシの観察によると、グーは――」
 ヤーコは手をグーにして、次の瞬間にはぱっと開いた。
「パーに負ける。パーはチョキに負ける」
 パーの形からチョキの形を作る。
「そしてチョキはグーに負ける」
 チョキの形から最後にもう一度、ヤーコの手はグーに戻った。
「どうだ? 合っているか」
 なるほど、ヤーコの観察力はそこそこ鋭いらしい。まあ、気をつけて見ていれば規則性を見抜くことなど容易いだろうけど、ヤーコの場合、まったく知らない星のまったく分からないルールだったわけだ。その上、空腹で大変だったわけだし。それでここまで的確に推測できるのは称賛に値すると僕は思う。そこまで言うと、少し大げさな気もするけど。
「合ってるよ」
 けれど僕は言葉短く答えた。「すごいね」なんていう陳腐な褒め言葉を言う気には到底なれない。
「では、ジャンケンするぞ。ヒナタ」
「どうしてそこまで話が飛躍したのか、僕にはまったく分からないわけだけど」
「もう! お前は本当に話を読めないヤツだな」
 ヤーコが話の筋をすっ飛ばして、その挙句、話の流れを完璧に無視しているのが原因だと思うけど。
「ジャンケンをしてワタシが勝ったらお前は私と勝負だ! ワタシが負けたらお前の意見を呑む」
 これで文句はないだろう? とでも言いたげなヤーコ。
 当然というか、やっぱりというか、さっぱり話が通じていないらしい。
 僕はもう今日一日で何度もため息を吐いているけれど、やっぱりこのときもため息を吐いた。
「だからね、ヤーコ。僕はそう言うことはしたくないんだってば。何度言えば通じるの」
「通じているぞ、ヒナタの言っていることは。でも、お前の意見だけが通るなんておかしいではないか。ワタシの意見も少しは通してくれ」
 まあ、そう言われるとそうだ。誰か一人の意見だけしか通らないなんて、それはおかしな話だ。
「ヤーコの言いたいことも分かったよ。でも残念なことに僕はヤーコの意見を通したくないんだよね」
「ずるいぞ、ヒナタ! 頼む。ジャンケンしよう? ワタシが勝てばお前は妨害行動を懸けた勝負を受けろ。お前が勝てばワタシはその勝負を諦めよう」
 それでも僕は首を縦に振らない。暫く僕を見つめてじれったそうにしていたヤーコは、僕が質問するときのように、ぱっと手を挙げた。
「提案!」
 僕はヤーコを指して、指名する。
「はい、ヤーコ」
「三回勝負でどうだ?」
 それも小学生から仕入れた知識だろうか。
「一回で決まるのも楽しくはないだろう? だったら三回勝負にしよう。三回ジャンケンをして、多く勝った方が勝ちだ」
 必死なヤーコ。ジャンケンと妨害行動にここまで必死になっているのも、冷静に見ればおかしい。でもそこまで必死になれるのも、ある意味すごいことだった。
 僕ははっきり言ってこんな面倒くさいだけの勝負はしたくない。嫌だと言いたいところだけど、ここで嫌だと拒否してもヤーコはいつまでも食い下がってくるだろう。僕はかなり本格的に眠くなってきたし、できることなら早くベッドにもぐりこんで睡眠といきたい。そのためには、仕方ない。ここでジャンケンを受け入れて、最低二回勝った方が得策かもしれない。もちろん、二回勝てる確証は何もないけど。
「……分かった。それでジャンケンで君が勝ったら仕方ない。妨害行動を懸けた勝負を受けるよ。ただし、僕が勝ったら潔く引いてよね」

 

 

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