「芸能界は厳しいらしいよ。ぽっと出ですぐに頂点を極められるなんてこと、考えない方が身のためだと思うね。ヤーコの場合、地球外生命体の名誉もかかってるわけだしね」
 あまりに考えなしなヤーコのために、一つ忠告。
「なぜだ? ワタシは外見も美しいし、お前の目から見て演技力もあるのだろう。だったら簡単だ。赤子の手を捻るよりも――」
「楽天的すぎるよ、ヤーコは。そもそも無計画でここまできたって時点で――」
「だからぁ、無計画ではないと何度言えば分かるのだ」
「……そうだったね。ま、そういうことにしておこう」
 仕方なく僕が言う。ヤーコは突然タコみたいに唇を突き出して、暇を持て余しているみたいな顔をする。気分に斑があるヤツらしい。
「ヒナタ、質問は終わりか? ワタシはそろそろ休みたいんだが」
 ヤーコは大きな欠伸をすると、途端に眠たそうな顔になる。てんで子どもだ。これなら青葉の方がまだ大人っぽく見える。
「さっきオレンジ食べたいって言ってたけど、いいの? 食べなくて」
「うぅん……いい。また今度セイコに頼むから」
 いいように僕の家族を扱き使う気でいるな、こいつは。
「そう言えばさ、母さんがヤーコの好物を知りたがってたよ。何が好き、とかある?」
 僕は母さんの言葉を思い出しながらヤーコに言う。言ってしまってから「それとなく聞くように」という母さんの台詞を思い出してしまった。でも言ってしまったものは仕方がない。やっぱり僕に「それとなく」なんていう高度な芸当は無理だったのだ。
「うーん、特にないがなぁ。……あっ。今日の夕飯に出たあれが好きだ。あの白いご飯」
 お前は日本人か。
 僕はヤーコの答えを聞きながら思ったけど、考えようによれば手軽でいい味覚をしている。これなら毎日、母さんはヤーコの好物を作れるというわけだ。
「じゃあ、ヤーコから母さんに白ご飯が好きって言っといてよ。きっと母さんも喜ぶから」
「ふぅん。そんなことで喜ぶのか……。まあいい。伝えておこう。それよりもヒナタ。ワタシだけではなくお前も早く眠った方がいいのではないか? 明日からは戦いに明け暮れる毎日だというのに」
 さらりとヤーコは言う。あまりに普通に、あまりに当たり前のように言うものだから、一瞬普通に頷きそうになってしまった。
 僕は縦に振りそうになっていた頭を慌てて止めると、代わりに首を捻った。
「何? 『戦いに明け暮れる毎日』って。僕はそんな格闘系の人間じゃないんだけど。第一、部活とかもしてないのに、僕には戦う機会がまるでないよ」
 僕が言うと、ヤーコは呆れたような表情を浮かべた。
「ヒナタ、私は前言撤回するぞ」
「じゃあ何が好きなの? 白ご飯じゃないなら」
「その前言ではない!」
「僕の記憶では『戦いに明け暮れる毎日』の前言はそれだったと思ったんだけどね。もしかして『戦いに明け暮れる毎日』自体を撤回してくれるの?」
「違う、ちがーう!」
 ヤーコはぶんぶんと勢いよく首を振る。
「お前は、守ろうという気が、ないのか!」
 ヤーコは腰に手を当てて、勢いよく僕を指差した。ヤーコは鼻息荒く僕を見上げている。
 いきなり不躾に指を差された僕は、少し気分が悪くなる。その上、ヤーコの言葉の意味が分からない僕は、もやもやとした気持ちでヤーコを見下ろした。
「何を守るのかも分からないのに、守る気がないのかって訊かれても」
 僕の台詞は妥当だと思う。というか、この場合はこれ以外の台詞はないだろう。
 ヤーコはいらいらした様子で、足をとんとんと踏み鳴らす。
「やはりお前は理解力がないな。前言撤回とはこのことだぞ、ヒナタ! 『お前は人間の癖に頭がいい』とワタシは言ったが、それを撤回する」
「へぇ、そう」
「なんだ、そのどうでもよさそうな反応は」
 だって本当にどうでもいいのだから仕方ない。ヤーコに「人間の癖に頭がいい」と言われても言われなくても、はっきり言ってどうでもいい。それによって僕の今後が決まるわけでもないのだから、撤回されても撤回されなくてもどうでもいいのだ。
「お前を見ていて気が付いたんだが、お前はどうも感情の起伏が薄いぞ」
「ヤーコの起伏が激しすぎる気がするけどね」
「もう! 今はワタシのことはいいのだ。お前の話なのだぞ、ヒナタ」
 そんなに熱くなって話すことなのだろうか、と僕は思う。こういうところがヤーコの言う「感情の起伏が薄い」というところなのかもしれない。……いや、やっぱり今のヤーコは熱くなりすぎな気がする。
「いきなりワタシに押しかけられた癖に、家族に暗示をかけられた癖に、お前は一度もワタシに対して怒らない。いつも面倒そうな顔をするだけだ」
「怒ったって僕にはどうしようもないでしょ? 僕が怒ればヤーコは出て行ってくれるっていうんだったら、盛大に怒るよ」
「……ヒナタが怒るところも、なんだ、まあ……見てみたい気もするが。だがいくら怒鳴られてもワタシは出て行けないわけだ」
「でしょ? だから怒っても無駄なんだよ。そんな無駄なことに体力も気力も使いたくないから、僕」
「そういうところだ!」
 ヤーコは僕の顔の真ん前に人差し指を突き付ける。
「たとえ無駄だと分かっていようとも、努力すべし!」
「無駄なことに労力を遣うべからず」
 間髪入れずに僕が返すと、ヤーコは、
「ああ言えばこう言う!」
 言って、地団駄を踏んだ。
「近所迷惑になるから、それやめてね」
 地団駄を踏む音は、住宅街の夜の中では地味に響く。庭や道路を挟んででも、その音は意外と隣近所の家へ伝わるものだ。
 ヤーコは僕の台詞にさらに腹が立ったのだろう、頬を膨らませて顔を真っ赤にした。
「そういうところがダメなんだ、ヒナタは!」
 ヤーコは言うと、さすがに気持ちを静めなければいけないと思ったのだろうか。二、三度、深呼吸した。それから少し落ち着きを取り戻した顔で、再びまじまじと僕を見つめた。
「ヒナタ。念のために訊いておくが、お前はワタシを阻止するのだろうな? もちろん」

 

 

back  僕とヤーコの攻防戦トップへ  next

 

小説置場へ戻る  トップページへ戻る

 

Copyright © TugumiYUI All Rights Reserved.

inserted by FC2 system