「阻止? ……一体僕がヤーコの何を阻止するっていうの?」
 ヤーコは僕を見て、呆れ果てたようにため息を零す。その様子がとてもわざとらしく見えた。
「ワタシの人間征服だ! お前はそれを阻止しなくてはならないだろう!」
 ヤーコはまるで当たり前だとでも言うように、言い切る。そんなヤーコの態度に反感を覚えるのは、もちろん僕だった。
「質問」
 ちょっと手を挙げてみる。ヤーコは恭しく僕を指差して、
「ヒナタ」
 僕を指名した。
「どうして僕がヤーコの人間征服を阻止しないといけないの?」
 至って自然と湧き出る疑問だ。素朴な疑問と言ってもいいと思う。
「どうしてって、お前は人間だろう」
「うん。だからってどうして僕がヤーコを阻止するとかっていう話に繋がるのかな。僕はそこが理解できないんだよね」
「ど、どうしてって……」
 ヤーコは言い淀むと、急に自信を失くしたように僕から目を逸らした。
「だって、それが必然ではないのか? 自分の星と同種を守らなくてはいけないと、普通思うだろう」
「ヤーコがそう思ったとしても、僕がそうとは限らない。僕以外の人はそう思うかもしれないけど、僕もそういう風に行動するとは限らない」
「ヒナタはワタシによって人間が征服されてもよいのか? まさかとは思うが」
「うーん……。よくはないけど、だからといって阻止しようとは思わないね」
 僕は少し考えながら話す。
「だって、そうでしょ。君が青葉に拾われてこの家にいること。君が僕の家族を暗示にかけたこと。はっきり言って納得いかないよ。でも、それを僕にどうすることができる? 君は地球外生命体で、人間にはできないことができるんだし。君が人間を征服する。それを事前に知っていたとして、僕に何ができる? 何もできないよ」
「ヒナタの場合は納得いかない≠フではなくて面倒なことは嫌≠ネのだろう。そしてできない≠フではなくてやらない≠ェ正しいのだろう」
「的確だね」
 ヤーコの的を射た発言に、僕は頷いた。
 僕はできないんじゃなくて、やらないのだ。もっと言えば、やりたくない。
 まず、ヤーコに人間征服ができるとは思っていない。だからいちいち阻止する必要もないと思う。でも、たとえ「ヤーコなら人間征服ができる」と思ったとしても、やっぱり僕はやらないだろう。
 流れに身を任せる、それが僕だ。いちいちそれに逆らうのは面倒くさい。もちろん、何か僕のポリシーや信念が失われたり曲げられたりしそうなときなら、逆らうのも悪くない。でもだいたいの場合は、そんなことは起こったりしない。
「とにかく、僕はヤーコを阻止する気はないよ。面倒だし、僕としては青葉や両親に実害がいかないならいい。もちろんこの場合は、君に暗示をかけられている、ということを除いての実害だけどね」
 静かに目を細めて僕を観察しているようなヤーコを見下ろす。
「だから好きに行動すればいいよ。征服計画でも何でも。僕は阻止しないし、その代わり協力もしないけどね」
 僕がヤーコに訊ねたいことの答えも(納得できるかどうかは別問題だけど)もらったし、僕もそろそろ疲れてきた。そんなわけで、僕はヤーコに向かってひらひらと手を振って階段を上る。
 小さく欠伸をしながら二段上ったところで、僕は後ろから唐突に左腕を引っ張られた。体勢が崩れる。身体が傾いたその状態で、僕は咄嗟に近くの手すりを掴んだ。右手に全体重を乗せて、一瞬宙に浮いた足を階段にしっかりと着地させる。無事に体勢を立て直すと、ほっと息を吐いて僕は勢いよく斜め下を振り返った。
 僕の左腕は、がっちりとヤーコに握られている。ヤーコの目は、なぜだか怒りに燃えているように見えた。
「危ないでしょ。何? 僕を階段から落として脳天を強打させるつもり?」
 さすがに顔を引き攣らせて言う。ヤーコは眉根をぎゅっと寄せていた。
「ヒナタ、ワタシは面白くないぞ」
「僕も面白くないね。僕を殺す気?」
「人間の阻止がないなんて。妨害行動がないなんて。そんなではワタシの気が済まないぞ! 人間征服する甲斐もないというものではないか!」
 そんなこと知るか。
「ワタシは絶対に阻止があると思っていたのだ! その妨害を乗り越えつつ、ワタシはこの星を征服するつもりだったのだ!」
 瞳を輝かせて、うっとりとヤーコが言う。僕は体中の空気を吐き出す勢いで、ため息を吐いた。
「そういう自己満足的エキサイティングさやスペクタクルさを求めるのは、小説とかゲームの中だけにしてよ。何も実際にすることないでしょ」
「とにかく、ワタシは阻止や妨害がないとつまらない。ヒナタ、妨害しろ!」
「どこに征服行動の妨害をお願いする支配者がいるわけ? 普通はさ、妨害されたら嫌なはずでしょ」
「ワタシは妨害がないと嫌なのだ」
 駄々をこねるように言うヤーコ。見る見るうちに瞳が潤んできて、今にも泣き出しそうだった。
 泣きたいのはこっちの方だよ、と僕は思う。ますます厄介なことに巻き込まれている気がする。そしてこの思いは、まず間違いなく当たっている。
「嫌。絶対に嫌だ。これ以上の面倒事はごめんだよ」
 泣き顔の美少女を前にしても、曲げられないものがある。
「つれないことを言わないでくれ。頼む」
「嫌だよ」
 にべもなく言う僕に、ヤーコはいよいよ泣きそうになる。あと一度でも瞬きすれば、その瞳からは大きな滴が零れるだろう。それでも曲げる気がない僕は、淡々とヤーコを見下ろすことを心がける。ここで少しでも心が揺れる素振りを見せたら負けだと思った。何に負けるのかは僕にもよく分からないけど。
 そのまま数十秒間、僕とヤーコの睨み合いが続く。沈黙の中、お互いから目を逸らさずにじっと過ごす。それに先に屈したのはヤーコの方だった。ヤーコの瞳に溜まっていた涙は、既に乾いていた。
「分かった。では提案がある」
 ヤーコは僕の腕から手を外して、胸の前で腕を組む。
「ワタシはヒナタに妨害して欲しい。だが、ヒナタはワタシの妨害をしたくない。それは分かった。だから、勝負だ」

 

 

back  僕とヤーコの攻防戦トップへ  next

 

小説置場へ戻る  トップページへ戻る

 

Copyright © TugumiYUI All Rights Reserved.

inserted by FC2 system