「もう一つ質問」
 もう本気で自暴自棄になりそうだ。
「うむ。発言を許す」
「君ってさ、何に分類される生物なの? 何? ネコじゃないよね? じゃあ何?」
 半端ない数の「何」を連発する僕。それだけ取り乱していたのだろうと思う。
 黒ネコの方は、僕の疑問を吟味する様子をみせながら、前足でひげをつうっと撫でる。そしてうーんと唸ったあと、
「ネコ……かなぁ」
 言った。
 ネコなわけない。
 思わず心の中でツッコミを入れた僕は、そんな自分自身に悔しくなった。
「なになに? ネコなわけないだろ、とか思ったのか? そうだなぁ。それも一理あるが、ほら、ワタシは今ネコの姿をしているわけだし、ネコだな。一応は」
「一応ってどういう意味」
「一応というか、今のところは、というか」
「つまり、ネコじゃないものにもなれるわけ?」
 あまり期待せずに僕は訊いた。第一、その答えを聞いたところで何になるというのだろう。特に利益が発生することもないだろうし、これからの人生を送る上で学ぶべきこともなさそうだ。
 けれど黒ネコの方は僕からの質問に大層ご満悦で、にやりと不敵に笑ってみせると――もっとも、ネコにそんな笑い方ができるならの話だけど――勿体ぶったようすで、こほんと咳払いをした。
「よくぞ聞いてくれた。ワタシはな、イヌにもなれる!」
 へぇ。
「それにな、鳥にもなれる! ネズミにもなれる! ライオンにもなれるぞ!」
「なんか最後だけ系統違うくない?」
「気のせいだ」
 黒ネコはそう言うと、伸びをする。その姿は愛らしいネコそのものなのに、やっぱりどこかしっくりこない。
 もしかして――というかやっぱり、これは僕の幻想なのだろうか。疲れが溜まっているからネコが喋る幻覚でも見てるのか? でもそれにしては、世界はあまりにもリアルすぎて、僕は一瞬眩暈がした。
「よし! 話もまとまったところで、ワタシは腹が減った。何か食べたい」
「勝手に話を終わらせないでくれる?」
「ふむ。ワタシは話など終わったと思ったんだがな」
 黒ネコは少し不満そうに言うと、大きな薄い灰色の瞳で直と僕を見つめた。
 艶やかな毛並み、しなやかな肢体。見た目は雑種のようだけれど、高級さを感じさせる気品が漂っている。文字どおり黙っていれば可愛いネコなのに、人語を喋る上に物騒なことを言っているなんて……。
「何が不満だ? 言ってみよ」
「全部に決まってる。もう最悪だよ。何でこんな変な――」
 僕は言ってから、はっと我に返って、頭を抱えようとしていた手をぴたりと止めた。
「そっか。これは僕の頭が変になってるんだから、無視していいことなのか」
 なんだか悟りでも開いた気分だ。心が清々しく軽くなった気さえする。
「ちょ、ちょっと待て! 何を一人で納得しているのだ? ワタシは幻想でもないし、お前の頭は正常だぞ!」
「またまたー」
「何が『またまたー』だ! お前、そんなキャラじゃないだろう」
「いつの間に僕のキャラを把握したの、君」
「少し話せばそれくらい分かる。バカにしてるのか、ワタシを」
 黒ネコは間髪入れず言うと、小さく息を吐いた。
 その様子を見ていると、これが本当に現実に思えてくる。いや、多分最初から現実だったのだろうけど。それを認めたくない僕は、どうしたものかと目を閉じた。
 ネコと喋ってるなんて。そんなの完全完璧におかしな奴じゃないか。何で平々凡々な僕の人生に、こんな得体の知れない訳の分からない奴が介入してきたんだろう。
「とにかくこれからよろしく頼む」
 当然のように黒ネコは言った。けれどそれを当然のように受け止められない僕は言う。
「まさか僕に面倒を見ろとか言うつもり?」
「当たり前だ。お前以外に誰がワタシの面倒を見るんだ?」
「もとはといえば青葉が君を拾ったわけでしょ。なら青葉に面倒見てもらえば?」
「ワタシみたいな正体不明な輩を妹に世話させる気か? 非道な兄だな」
 まるで軽蔑するみたいな目を僕に向ける黒ネコ。
 どうやら正体不明な怪しい奴だと、ネコ自身にも自覚はあるらしい。僕は心の奥底からのため息を吐くと、ベッドに身体を沈めた。
 つまり、このネコまがいは自分を拾ってきた青葉ではなく、この僕に世話をしろと言いたいのか。
 冗談じゃない。こんな変なことに巻き込まれるなんて。
 でも、その気持ちとは比べ物にならないほど小さな好奇心も、確かに僕の中にはある。この黒ネコは一体どこから来て、何のためにここにいるのか。
 喋れて、そして変幻自在な生物。興味が湧かないわけもない。
「質問」
「うむ。発言を許す」
「何がきっかけで青葉に拾われることになったの?」
「歩道をふらふらと歩いているところで、アオバがワタシを捨てネコと勘違いした」
「青葉の前ではもちろん喋ってないよね?」
 にっこりと微笑みながら言う僕。黒ネコはふふん、と自慢げにした。
「当たり前だろう。あんないたいけな子どもを目の前にして喋れると思うのか?」
 つまりそれは、僕ならどうなってもいいというわけか。
「どうして喋れて、しかも姿を変えられるの?」
「それはワタシにも上手く説明できないな……」
 黒ネコはそう言うと、少し考える様子をみせた。
「第一に、ワタシは地球上の生き物ではない。これは確実だな。お前が喋る言語を解すことができるのは、つまりワタシの知性が高いからであって、ワタシがお前の言語に慣れ親しんでいるからではない。ちなみに、ワタシの名はヤーコという。お前はワタシを君≠ニ言うのではなくヤーコ様≠ニ呼べばよいだろう」
「ヤーコって呼ぶのはいいけど、なんで様付け」
「ワタシの方が優っているから」
「はっきりいって、君が僕より優ってるとは思えないし、様付けする気もないよ」
「ではヤーコと呼ぶことを許す」
 黒ネコ――ヤーコは傲慢不遜に恭しく告げると、可愛らしく僕の枕に頭を載せた。そんな姿は普通のネコのようで可愛いのだから、まったく困ったものだ。
「僕としては、ネコと喋ってる変人にはなりたくないわけだけど。何かこう、ネコじゃなくてさ、人間と会話していても違和感がないものには変身できないの? それができないなら容赦なくここから叩きだす。ヤーコが路頭に迷おうとね」
 僕はヤーコに向かって強く言い切った。どうも会話のペースがヤーコ寄りになっている。これでは今後が思いやられる。そう思った僕の、最後の苦肉の策だった。

 

 

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