二十九

 

「次はどこに行きます? あまり高い買い物ができないとなると……そうだな、駄菓子屋とかどうですか?」
 輝石君はうーんと唸ってから、一本指を立てて提案してくれた。
 駄菓子、という言葉に胸が躍る。小さな頃、近所の駄菓子屋さんで百円玉を握りしめて蒼士さんと一緒に買い物をした。百円でたくさんのお菓子が買えるその場所は、幼い頃の私にとってお伽噺にでてくる魔法のようにすごい場所だった。
「駄菓子なんて食べませんか? やっぱり」
 何も答えない私に輝石君はそう言って、少し肩を落とした。私はそれに手を振って答えた。
「違うよ。そうじゃなくてね、懐かしいなぁって」
「懐かしい?」
「うん。小さい頃、駄菓子屋さんで蒼士さんと一緒にたくさんお菓子買ったなぁって思い出してたの」
「じゃあ行きましょうよ! 俺も駄菓子屋なら安心できますし。聖黒みたいに着物一式を買うお金はなくても、駄菓子を一杯買うお金ならありますから」
 輝石君は悪戯っぽく笑ってそう言うと、彰さんを振り返った。
「彰! ここから一番近い駄菓子屋に行く抜け道は?」
「それならこの道を真っ直ぐかな。それで突当たりを左で、その先を右に曲がればすぐ」
 彰さんはてきぱきとそう答えると、輝石君に並んで歩きだした。
「駄菓子なんて私も懐かしいです」
 芳香さんの声が聞こえて顔を向ける。すると嬉々とした表情の芳香さんが朱兎さんに話しかけているのが見えた。
「小さい頃は駄菓子屋が天国でした。少ないお金でたくさんお菓子が買えるんですよ」
「そう言えば、俺たちもよく買いに行ってたよな。特に遠足の前の日になると、美月はうきうきしてた」
 すっと頭上に伸びた影に上を向くと、蒼士さんが私を見下ろしていた。
「悪い? 遠足の日っていつもより一杯お菓子が買えるから嬉しかったんだもん」
 蒼士さんのからかうような声音に、むっとした表情を作る。蒼士さんは私の顔を見て軽く笑ってから「別に」と言って顔を背けた。
「私は、駄菓子は食べたことがありません」
 聖黒さんは困ったように微笑んでそう言う。するとそれに同調して朱兎さんも「僕も」と声を上げた。
「普通の茶菓子とは違うんだよね?」
「もちろん違いますよ。多分、朱兎さんや聖黒さんが普段召しあがっているようなお菓子とはまったく違うかと」
「水あめとか、美味しいと思います」
 小さく首を傾げている朱兎さんに言うと、朱兎さんは更に首を傾げた。
「水あめですか?」
「はい。粘液の状態の飴を白くなるまで、こうやって、練るんです。それを食べるんですよ」
 私はジェスチャーを加えながら説明する。それを見た朱兎さんは、私の動作を真似した。
「なんだか楽しそうですね。それに美味しそうだし」
 朱兎さんは興味が湧いたのか、笑顔を輝かせた。口元に乗せる微笑が楽しげに見える。
「他にはどんなのがあるの?」
 芳香さんを振り返って訊ねる朱兎さんに、芳香さんは「百聞は一見に如かずですよ」と微笑んだ。

 

 

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