二十七

 

「美月、この生地はどうだ?」
 蒼士さんは黒地に花と蝶が配された生地を手に取って私へ向けた。洗練された雰囲気のある生地で、とても綺麗でうっかり見惚れそうになっていると、蒼士さんと私の間に朱兎さんが割って入った。
「蒼士。黒地なんて黒月入りした後に山程買ったじゃないか。美月様、こっちの薄紅の生地が可愛いですよ」
「それは朱兎の趣味だろ。優花に買ってやる着物と似たり寄ったりのばっかり美月さまに選んでる」
「確かに朱兎が選ぶ生地は優花に似合いそうな物ばかりですね……」
「そうやって僕のしすこんを美月様に印象付けようという魂胆はお見通しだから!」
 茶々を入れる輝石君と聖黒さんに――珍しく二人は仲良く朱兎さんをいじめようとしていたらしい――朱兎さんがむっとした顔で言い放つ。確かに朱兎さんが選ぶ着物は優花ちゃんによく似合いそうではあったけれど、真剣に悩んでくれている様子を見ると私のことを考えて選んでくれていることもよく分かった。
 輝石君と聖黒さんは反論の言葉が見つからなかったのか揃って目を逸らすと、二人で仲良く着物の生地を選び始めた。私はそんな二人を見て少し笑ってから、朱兎さんを見上げる。
「朱兎さんが選んでくれたのもすごく綺麗です」
「でしょう? きっとお似合いになると思います」
 朱兎さんは生地を持ち上げて私の首元に合わせる。朱兎さんが選んだ生地には桜や撫子が配されていた。
「こちらも綺麗ですよ」
 朱兎さんが生地を当てるその隣に、聖黒さんも淡い鳩羽色の生地を当てた。
「これもすごく綺麗ですね」
 着物の生地を見下ろしてから二人を見上げて微笑むと、二人ともにっこりと頷いた。私はそれを見ながら、さらに言葉を継いだ。
「でも、今日はいいです」
 私がそう言うと、二人ともきょとんとした表情で私を見下ろした。
「だって私、たくさん着物持ってますからこれ以上はなくても大丈夫です」
「ですが、これなんて本当に綺麗ですよ」
「でも、私が使うお金は私が稼いだお金じゃないですから」
 ゆっくりとそう言うと、聖黒さんがきゅっと唇を引き結んだ。
「闇音が都と黒月家のやりくりをして大変な思いをして得たお金です。私が自分のために勝手に使うのは違う気がして」
 流れてきた髪を耳に掛けて聖黒さんを見上げると、聖黒さんはどこか遠くを見つめていた。そして肩を落として息を吐き出すと、軽く首を傾けて微笑んだ。
「黒月の奥方が自由に使える資産がありますよ。その資産も闇音様が管理されてはいますが」
「そういう資産は黒月家のために使うべきだと思います」
「……よくお分かりですね。黒月の奥方に相応しい考えです」
「えっ、じゃあ着物仕立ててもらわないの?」
 朱兎さんが仕立屋の主人に向けていた足を止めて、生地を胸に抱えたまま聖黒さんを見つめた。私はそんな朱兎さんに丁寧に頭を下げた。
「すみません。もっと早く言うべきでした」
「いいえ。それは構わないのですけど――黒月のお金を使わなければ美月様のお心は痛まないのですよね?」
「はぁ、まあ……」
 ずいっと屈んで私の顔を覗き込んだ朱兎さんに気圧されて曖昧に呟く。朱兎さんはそれに構わずにっこりと笑って頷いた。そして抱えたままになっていた薄紅色の生地を私の目線に合わせて持ち上げた。
「ではこの着物は私から美月様に」
 え? と零すと、朱兎さんはもう一度頷いた。
「南家の当主から黒月の奥方様に贈り物です。構いませんよね?」
「朱兎、一人だけ格好つけてずるいぞ。俺も!」
 輝石君は言いながら、はいはい! と威勢よく手を挙げた。朱兎さんはそんな輝石君を見下ろして、
「じゃあ、この着物を折半して買おうか」
 と笑う。
「そうなると私も贈らないわけにはいきませんね。まあ、元よりそのつもりでしたが……美月様、この生地はお好きですか?」
 聖黒さんは先程勧めてくれた鳩羽色の着物を指差す。聖黒さんの隣では蒼士さんが黒の羽織を持っていた。
「あの、そんな申し訳ないです」
 手と首を振って四人を見渡すと、四人が四人とも一斉に眉をひそめた。その表情の迫力に思わず後ずさりすると、蒼士さんが持っていた羽織を私に掛けた。
「似合うよ。色も闇音様が普段召されている着物にも合うし。まあ、今はこんなの羽織ってたら暑いとは思うけど」
 蒼士さんは柔らかく目を細めて続けた。
「美月。これは俺たちの気持ちだから申し訳ないなんて思うな。俺たちは何もできないだろう。だから、そのお詫び」
「でも――」
「……俺たちの詫びの気持ちも汲み取ってくれないんだ、美月は……」
「そうじゃないよ!」
「じゃあいいってことだな。すみません、これ全部お願いします」
 蒼士さんは人のよさそうな顔で微笑んでから、素早く店の主人に声を掛けた。私が我に帰ったときには既に聖黒さんが会計を始めているところだった。

 

 

back  龍月トップへ  next

 

小説置場へ戻る  トップページへ戻る

 

Copyright © TugumiYUI All Rights Reserved.

inserted by FC2 system