二十六

 

「納得いかない」
 輝石君はぶすっとした表情で呟いた。もうかれこれ十回以上は聞いた台詞だ。
「何で俺も呼んでくれなかったんだよ! 俺もみんなと一緒に朝食取りたかった!」
「そうは言っても輝石は西家で朝食取るじゃないか。僕たちにどうしろっていうの?」
「そういうときは鳩でも飛ばせよ!」
「鳩を飛ばしてどうする気だ」
「伝書鳩だよ、俺受け取るし! それですぐに駆け付けるし!」
「本日は美月様と三大と三神で朝食を取ることになりました≠ニ書いた文を鳩に持たせて飛ばせ、と言いたいのですか?」
「そうだよ!」
「輝石君、それちょっと無理があるよ……」
 堂々巡りの討論に終止符を打つために、私は輝石君に言った。けれど輝石君はぶんぶんと首を振る。
「無理じゃないですよ! 俺、足速いですから」
「足が速い云々の問題ではないと思うけどな。仮に伝書鳩を飛ばしたとしても、西家と黒月邸の距離を考えると、どうせ輝石が黒月に着くのは俺たちの朝食が終わる直前だろう」
「それでも挑戦する心意気だろ!」
 輝石君は眉間に皺を刻んで、蒼士さんを睨み上げた。
 蒼士さんが言うことに一理ある。みんなで朝食を取ると決まってすぐに伝書鳩を飛ばしたとしても、輝石君が到着する頃には全員がほとんど食べ終わっているはずだ。となると結局、輝石君はみんなと一緒に朝食を取ることはできなくなる。
「輝石。鳩など飛ばさなくとも、普通に術を使って知らせますよ。次からは」
 きつく蒼士さんを睨み続ける輝石君に、聖黒さんが苦笑を浮かべながら言った。どうやら今回はからかいから窘めへ立場を変えることにしたらしい。
 輝石君はちらりと聖黒さんに目を遣って、それから不服そうな表情を浮かべながらも頷いた。
「絶対だからな。でも聖黒が編み出した新しい術は使うなよ、俺死にたくないから」
 輝石君の台詞に、私の頭が反応する。恐る恐る聖黒さんを見てから、私は輝石君に小声で訊ねた。
「前にもその話してたよね? 聖黒さんが作る新しい術って具体的に一体……?」
「美月さまは知る必要がないことです……というか、知らない方がいいことって世の中にはあるんですよ……」
「そう言われると余計に気になるんだけど」
「うーん……聖黒は術が得意で、それでよく実験するんですよ。聖黒は役立つ術を一杯作るんですけど、それと同じくらい危険な術も不可抗力で作り出されちゃうことがあるんですよね。あとは、意図したものとは違うものが出来上がったりとかで。それで何度、俺たちの命の(ともしび)が消えかかったことか」
「そんなことが――」
「輝石。美月様に何という嘘を吹き込んでいるのです?」
 驚愕に口を覆った私の頭上に、穏やかな聖黒さんの声が降ってくる。はっとして見上げると、聖黒さんはにこやかに笑っていた。その笑みが不吉の象徴に見えたことは、固く閉じた唇から零さないようにしておく。
「嘘じゃないだろ! 俺はありのままを話した――んだけど、やっぱりちょっとは嘘だったかなー。うん、嘘だったような気がする」
 輝石君は勢いよく聖黒さんを見上げて反論する。けれどそれは次第に勢いを失って、やがて聖黒さんに同意することで決着を迎えた。四神の力関係が見て取れる一幕だった。
「私、皆様が以前街に出られたとき、どうして迷われたのかよく分かりました」
 後ろからぽつりと呟かれた台詞に振り返ると、呆れたような、それでいて楽しそうな笑顔の芳香さんがいた。
「そんな風にお喋りに夢中になっていたら、確かに迷いますよね」
 芳香さんは私たちを見つめて言うと、大きく息を吐き出しながら空を見上げた。その隣で、彰さんが苦笑を浮かべて頷いていた。
「やはり皆さんは仲がよいのですね。羨ましいです――あっ。そこを右です」
 彰さんは柔らかく目を細めて言いながら、的確な指示を忘れない。二人がいる今回は道に迷う心配はなさそうだ。
「一番賑わっている大通りに行ってみましょうか。出店などもありますし、黒月御用達の呉服屋もありますから気に入った生地があれば仕立てて貰いましょう」
 彰さんは前を向いたまま穏やかな様子で言う。
 迷うことなく右に曲がろうとする彰さんに付いて行っていると、不意に後ろから「ちょっと待った」と声が掛かった。
「大通りに行くならこの道を真っ直ぐで、三つめの角を右だろ?」
 輝石君が真っ直ぐの道を指差しながら、少し顔をひそめて彰さんを見上げていた。
「それでも行けるんだけど、ここを右に曲がった方が早いんだ」
 彰さんは輝石君に向かって言うと、真っ直ぐの道を手で示した。
「この道だと遠回りなんだ。三つめの道を右に折れてから、結局はまたこちら側に引き返してくることになるだろう。ここで曲がっておけば、道幅は狭いけどすぐに大通りの入口に着ける」
「彰の言うとおりですよ。輝石君が言った道が正式な道順なんでしょうけれど、彰の道を通った方がすぐに着きます。道幅は狭いし抜け道みたいな感じですけれど」
 頷きながら言う芳香さんの顔は真剣そのものだ。輝石君は小さく唸ってから少し小走りをして彰さんに追い付いた。
「俺、こんな抜け道知らなかった。なんか悔しい」
「どうして?」
 本当に悔しそうな顔を浮かべる輝石君を不思議に思って、私は訊いていた。
 輝石君は顔つきを険しくすると、苦笑を浮かべた彰さんの横顔を見上げた。
「だって彰はこっちに出てきてまだ四年なんですよ。俺は十六年間も街に出入りしてたのに、こんな道知らなかったんです。なんか負けた気分です」
「負けたって……たまたまだよ」
「でも彰って抜け道見つけるの上手いよね。私も知らない抜け道をすぐに見つけてくるんです。西国にいた頃からこういうの得意だったの?」
 芳香さんは私に誇らしげに言ってから、彰さんに訊ねた。
「いや。西国にいた頃は街には出なかったから……屋敷の中でずっと過ごしていたし」
「そっか。そういえば彰は悒名家の跡取りだもんね。本来なら自分が街に出ることもないか」
 納得したように頷く芳香さんの隣で、彰さんはどこか悲しそうに微笑んでいた。

 

 

back  龍月トップへ  next

 

小説置場へ戻る  トップページへ戻る

 

Copyright © TugumiYUI All Rights Reserved.

inserted by FC2 system