「は!?」
「え?」
 輝石君の唖然とした声と、私の呆然とした声が同時に飛び出した。真咲さんが輝石君と私を見て、苦笑を浮かべた。
 闇音が私と同じ空間にいたいと、本当にそんなことを言ったのだろうか? そんなことを闇音が言うなんてまったく想像がつかない。
 ぱくぱくと声が出てこない口を開けて、私は完全に言葉を失っていた。
「あ、あの闇音さまが、美月さまと一緒にいたいって、言ったのか!?」
 途切れ途切れに言いながら、輝石君が真咲さんに詰め寄った。真咲さんは変わらず苦笑を浮かべながらもしっかりと頷いた。
「はい。はっきりとこの耳で聞きました。私だけでは頼りなければ芳香に確認を取ってください」
 真咲さんのどこか嬉しそうな言葉に、部屋にいた全員の視線が一斉に芳香さんに向く。芳香さんは何度か目を瞬いてから、真剣な顔つきで口を開いた。
「昨晩、真咲と共に闇音様に直談判に行きました。これまでの生活態度を改め、美月様と過ごす時間を作ってください、と。これはその結果です」
 芳香さんの言葉に、聖黒さんが納得したように頷いていた。
「それは――闇音も自棄(やけ)になったってことでしょうか」
 私が思いつくままに言うと、真咲さんがすぐに声を上げた。
「自棄だなんて、そんな。ただ、その、闇音様は生活態度を改められて――」
 必死になって言い募る真咲さんに、今度は私が苦笑を浮かべる。真咲さんは私の反応にいまひとつ腑に落ちない様子だったけれど、ひとつ呼吸をしてから先の言葉を続けた。
「それで、美月様はよろしいでしょうか? 朝食をご一緒された後は、別棟に留まっていただいても」
「ちょっと待った! 美月さまが別棟に行かれたら、俺たちはどうすればいいんだ?」
 私が真咲さんに答える前に、手を挙げて輝石君が声を上げた。驚いたように真咲さんと芳香さんが輝石君を見つめて、けれど蒼士さんも聖黒さんも朱兎さんも、輝石君の台詞に深く頷いていた。
「俺たちは美月さまが黒月邸に入られてから、今までずっと一緒にいたのに。まさか締め出すつもりじゃないよな?」
 にっこりと笑みを浮かべて、輝石君が真咲さんにずいっと近づく。
 輝石君の背後から黒い影が伸びているように見えるのは、きっと私の気のせいだろう。輝石君が聖黒さんよろしく笑顔の裏に黒い影を見せているなんて、きっと勘違いだ。しかし、どうやら真咲さんにも輝石君の黒さが見えるのか、少々たじろいだ様子で言った。
「いえ、そんなまさか。闇音様は、四神の皆様も美月様とご一緒すると仰られた場合には、同じく別棟に来ていただくようにと。ちょうど一部屋、使われていない部屋がありますのでそちらにどうぞ、と」
「ちなみに、私たち三大の仕事部屋の隣ですよ」
 にこにこと上機嫌に芳香さんが言う。それに聖黒さんが頷いた。
「では私たちは、闇音様のご自室から数えて二つ隣の部屋を宛がわれたわけですね」
「これだけ近かったら安心でしょう、と言いたいのでしょうね」
「まあ、別棟に入らせないと言われるよりはずっとよいのでは? 俺は美月が構わないならどこでもいいです」
 朱兎さんと蒼士さんが順番に頷いて言ったけれど、輝石君だけは頬を膨らませて不満そうだった。
「輝石君は嫌なの?」
「嫌と言うか……。今までずっと無視してきた癖に、こんな風になってから都合よく使うなんて、なんか嫌な感じ」
「輝石。黒月の御当主に対する物言いではありませんよ」
 輝石君にぴしゃりと厳しく言ってから、聖黒さんは真咲さんに向かって軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。この子はまだ子どもですから――」
「いいえ、そんな――ですが輝石君。闇音様のこと誤解しないでくださいね。あの方は、とても優しい方ですから……」
「それ、いっつも言うけどさ。俺は全然優しい方≠ノは思えないんだよなぁ。いつもつんけんっていうか、冷たくて――顔が綺麗なだけあって、無表情だからかなり怖いんだよ。なんで美月さまのこと娶ったのか俺には未だに分からない。繁栄のためとかあるのかもしれないけどさ、それだけのために結婚できるものなのか?」
「人それぞれ事情というものがあるのですよ。闇音様には闇音様の事情が。輝石には輝石の事情があるように」
 聖黒さんは諭すように言ってから、私へ目を向けた。
「それで、どうされますか? 闇音様のお誘いをお受けになります?」
 聖黒さんの言葉に、私は押し黙って考える。
 闇音が私と一緒の空間にいるのは、いつも嫌々らしかった。その上、私と一緒にいるといつも落ち着かないようだった。夜、眠る時も私が隣にいるといつも浅い眠りで、いつも私は申し訳なくなるのだ。
 その闇音が、今は繁栄のためとはいえ私と一緒にいることを望んでくれているという。
 この世界に残った以上、私は何もせずに死を迎えるなんて真っ平ごめんだ。そして、泉水さんへの気持ちに蹴りをつけてこの黒月に戻ってきた以上、闇音ともちゃんと向き合いたい。
 彼の心にある重みを、少しでも知りたい。それが自分自身のエゴだとしても――それで闇音を知れるのなら。
 自分勝手だとは分かっているけれど、今は闇音とこの黒月家のことを理解したい。
「私、闇音と一緒にいたいです。闇音の迷惑にならないようにしますから、闇音の部屋にいさせてください」
 頭を下げて真咲さんと芳香さんに告げる。顔を下げているので周りの人たちの表情は分からなかったけれど、どこか暖かい視線が感じられた。
「ありがとうございます、美月様」
 そっと髪に手が触れられて顔を上げると、穏やかに微笑んだ真咲さんが目の前にいた。
「闇音様のこと、どうかよろしくお願いいたします。もう私たちでは、あの方を救えないのです」
 どこか悲しげに告げられた言葉に、私は思わず眉根を寄せていた。
「救えないって……?」
「お兄様のこと、龍輝様と更様のこと、白亜さんのこと――そして、私には決して話してくださらない何かが、闇音様を苦しめていらっしゃいます。それであの方は頑なになられているのです。もう何年も、あの方の心を解かそうとしてきましたが、私には無理でした。どうか闇音様を理解して、そして闇音様は悪くないのだと仰ってあげてください」
 真咲さんは真剣に私の瞳を覗き込んで言った。
「闇音様を、救ってください」

 

 

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