闇音の手に引かれながら廊下を進む。先程呼びに来てくれた巫女の後を追って少しの間歩いていると、やがて大広間が見えてきた。大広間からは一種の圧迫とでもいおうか、言葉では言い表せない重圧のようなものが感じられた。
 それをひしひしと感じながら、闇音と繋がれた手を見つめる。綺麗なしなやかな彼の手は、けれど少し骨ばっていて男性の手なのだと実感する。その手に包まれた自分の手が、とてつもなく小さく見える。
 こうして手は繋がれていても、心は遠くにある。掴みどころのない闇音の心を思って、私は自分の手に少し力を入れてみる。けれど闇音はただ手を差し出して私の手を握っているだけだった。
「結婚の儀には、両家の両親のみが参列する」
 俯きながら歩いていた私の耳に突然、闇音の声が届く。咄嗟に顔を上げて闇音の横顔を見つめると、闇音は横目で私を確認してからすぐに前へ視線を戻した。
「既に広間には総帥と奥方、それから斎野宮の当主と奥方がいらっしゃる。俺たちは巫女の先導で広間へ入り、三三九度の盃をかわして玉串を捧げる」
「分かってる。ちゃんと聞いたから」
 闇音の声からは、いつものように感情が感じられなかった。その冷たい温度に、心が潰されそうになる。それを必死で食い止めようと、私は小さな声で返事をして俯いた。
「婚儀が終われば、その後は披露宴だ。それには大勢の人が参列する。親族、四神家、そして白月家も」
 闇音の言葉に弾かれたように顔を上げる。見上げた横顔は、一切の感情が感じられない冷たい表情だった。
「――泉水と会うのが嫌か?」
 その冷たい顔を私へ向けて、闇音は口の端に冷笑を浮かべて問う。思わず顔を逸らすと、闇音が鼻で笑ったのが分かった。
「俺と結婚すると決めた時に、決心がついたんじゃなかったのか」
「決心はついたよ。覚悟も決めてる」
 ほとんど反射的にそう返すと、闇音は繋いでいた手に急に強い力を加えた。左手に走る突然の痛みに、思わず顔を歪めて闇音を見上げると、闇音は暗い瞳で私を見つめていた。
「震える声で言われても説得力がないな」
 闇音の低い声と暗い瞳に、思わず息を呑んで彼を見つめ返すと、闇音は急速に加えていた力を緩めた。
「いいか、お前は俺の妻になる。それはお前自身が決めたことだ。今更、心が揺れられても困る。――たとえ結婚したくないと望んだとしても、もう時は遅いし、俺はお前を手放すつもりはない」
 どこかすごむような瞳で私を見つめて、低い声を出して闇音は言った。
「お二人とも、こちらで暫しお待ちを」
 話をしているうちに、大広間の入口まで到着していたらしい。突然届いた柔らかな女性の声に、私はほっと安堵の息を吐いて歩を止めた。
 前を向くと巫女装束を身にまとった女性の後ろには斎主と媒酌人が控えていて、微笑みながらこちらを見つめていた。
 巫女の彼女は大広間の様子をちらりと確認すると、斎主と媒酌人に目で合図を送る。それに答えるように二人が軽く頷くのを見届けると、彼女はこちらへくるりと反転して顔を向けた。
「それでは広間に入場いたします。私に続いてください」
 巫女の彼女はそう言うと、そのまま大広間へ向かって歩き出す。ぼんやりとそれを見つめていた私を引きずるように、闇音は力強く私の手を引いた。

 

 巫女の先導によって、闇音と私、そして媒酌人、斎主と後に続いて広間へ入場する。
 大広間はいつものように閑散とはしておらず、婚儀を執り行う場所として必要な準備が施されていた。歩きながら部屋の中を確認すると、両親が私を見つめているのが目に入った。
「それではこれより、黒月家と斎野宮家の婚儀を執り行います」
 神前へ移動すると、巫女がそう宣言した。
 それに続いて斎主の拝礼に合わせて、部屋の中にいた一同が起立して礼をする。神前、巫女、闇音と私、そして両親の順で斎主から修祓(しゅばつ)を受ける。それが終わると、斎主は神前で闇音と私の結婚を報告し、祝詞(のりと)を奏上した。
 儀式は次いで、三三九度の杯を交わすところまでやってきた。
 闇音は一の杯を受け取ると、中に注がれたお神酒を三度に分けて飲む。そして同じ杯に注がれた二の杯を、今度は私が三度に分けて飲む。そして三の杯はもう一度闇音が、三度に分けて飲んだ。次は一の杯を私が、二の杯を闇音が、そして三の杯をもう一度私が、最後に一の杯を闇音が、二の杯を私が、三の杯を闇音が三度に分けて飲み干した。
 少しとはいえお酒を飲んで、私の頭はどこかぼんやりとしだしている。最後の杯を返した時、少し焦点の定まらない目で闇音を見つめたら、闇音が怪訝そうに眉をしかめたのがぼんやりとした視界で確認できたほどだった。
 次は誓いの言葉だ、と頭は働いたけれどそれが行動に移らない。どうやら私は極端にお酒に弱いらしい、ということをこの場で身を持って体験してしまった。私はぼんやりした頭に何度も鞭打つけれど、一向に動くことができなかった。
「美月様、大丈夫ですか?」
 巫女が小声でそう訊ねるのに、私は何度も頷く。けれど頭で思うのとは違って、体は動けない。
 隣で闇音が小さく溜め息を吐くのが分かる。それを感じて、早くしなきゃと焦り出した私の脇に、着物越しからひやりと冷たいとものが触れた。
 その冷たさに頭を覆っていた熱が急速に冷えていく。少し頭を振って瞬きすると、闇音が私の体を抱きかかえるようにして起こしているところだった。その行動に頭が混乱すると同時に、一気に酔いがさめた。
「あ、闇音。もう大丈夫だから」
 慌ててそう言うと、闇音は無表情に私を見下ろしてそのまま無言で神前まで進み出した。
「まだ出来上がられては困る。次は誓詞奏上だ。とにかくお前は名を読むだけでいい。その後は適当にやり過ごせ」
 闇音は少し屈みながら私の耳元へ直接そう囁くと、神前に立ち誓いの言葉を読み上げ始めた。
 難しい言葉が次々と闇音の声で紡がれていく。その声を聞いていると、闇音の声がとても美しく心地よい音だということに改めて気づかされた。そんなことを考えながら一言一言を聞いていると、闇音が軽く合図を送ったのが横目に入る。それに気付いて私は、闇音と共に二人の名前を読み上げた。
 夫、黒月闇音。妻、黒月美月≠ニ。

 

 

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