三十六

 

「美月、四神家と臣下三大があなたのこと探してたわよ。何でも明後日のことを話したいとかで」
 自室へ戻ろうと踵を返した私に、母が引き止めるように言った。父もその言葉に頷きながら私を見ると、屋敷の右手へ視線をやった。
「牡丹の間で彼らは話し合いをしているから……あれは小梅と優花か」
 父は前方にある庭に人影が二つあるのを捉えると、途中で言葉を止めて、目を細めながら付け足した。父の言葉に促されるように私もそちらへ視線を移すと、確かにそこに二人がいた。
 母は私が二人の元へ行きたいと思っていることをその表情から読み取ると、すぐに、
「彼らには、美月は後で顔を出すって伝えておくわ」
 と言って、父を連れて屋敷の中へと姿を消した。
 私は両親の背中に向かってお礼を言うと、庭にいる二人の元へ駆け寄った。初めに優花ちゃんが、私が走ってやってくるのを見つけて手を振ると、小梅さんも私に気づいて微笑んだ。私は二人の隣までたどり着くと、少し乱れた呼吸を整えながら、二人の顔を見つめた。二人は何か言いたそうな表情で私を見つめ返す。そして少し困惑した様子を見せてから、まず優花ちゃんが口を開いた。
「美月様、聞きました。……闇音様をお選びになったって」
 優花ちゃんはそう言うと、少し首を傾げながらじっと私の瞳を覗き込んだ。その表情に浮かんでいるのは、ただ私を心配する気持ちだけだった。
「私、美月様は泉水様をお選びになると、てっきりそう信じていました」
 優花ちゃんは私を覗き込みながらそう続けると、私の答えを待つようにじっとその姿勢のまま動かなくなった。けれど私は、何も言わずにぎゅっと口をつぐんだ。
「もしかして、あの時仰っていたことが理由ですか?」
 何も答えないでいる私に、そっと小梅さんが声を掛けてくれる。私はそれを受けて二人に曖昧に微笑んで見せると言った。
「私、自分が決めたことが間違いだとは思わないよ」
 そう言ってから、私は改めて優花ちゃんの方を向くと、申し訳ない表情を浮かべた。
「優花ちゃん、ごめんね。悪いんだけど、小梅さんと二人にしてもらえる?」
 私がそう言うと、優花ちゃんは素早く小梅さんへ目を走らせてから困った様子で、分かりました、と言って下がって行った。
 私は優花ちゃんが屋敷の中へ入るのを見届けてから、小梅さんの方に向き直った。小梅さんは私の表情から、どんな話が出てくるのか悟ったのだろう。強い、そして優しい光を宿して、じっと私を見つめていた。私はその様子を見て、悲しげに微笑んだ。
「……ごめんなさい。この間、湖で……」
 私がそう言いかけると、小梅さんは辛そうに顔を歪めて、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。私が――私が分不相応な想いを持ったばっかりに……」
 小梅さんのその声は、聞いているのも辛いような悲しみと後悔に満ちた声だった。私はその声を聞くや否や、すぐに小梅さんの肩を持って、彼女の顔を上げさせた。
「どうして小梅さんが謝るんですか? 私、小梅さんに謝ってもらいたくて、こうして話してるわけじゃありません」
 私が強くそう言い切ると、小梅さんは苦悩に満ちた瞳を私へと向けた。
「小梅さんは何か誤解してるみたいだから、はっきりと言っておきます。私、確かに泉水さんが好きです。でも、それと同じぐらい、もしかしたらそれ以上に、小梅さんのことも好きなんです」
 私は小梅さんの手をそっと握ると、彼女の顔を見つめながら続ける。小梅さんはじっと私の言葉に耳を傾けていた。
「私は泉水さんに幸せになってもらいたい。だけど、それは泉水さんに対してだけ思ってるわけじゃないんです。泉水さんに幸せになってもらいたいって思ってるのと同様に、小梅さんにも幸せになってもらいたいって思ってるんです」
 私がそう言い終えると、小梅さんは遠慮がちに私を見つめてから話し始める。
「美月様にそう仰っていただけて、どれほどありがたいか……。ですが、私はその言葉を受け取る資格がありません」
 小梅さんはそこで言葉を切って小さく深呼吸すると、意を決したように私を見つめた。
「美月様もお聞きになったでしょう。私は卑怯な行動をとりました。美月様に優しい言葉を掛けて頂く資格は、とうに失っているのです」
 私はそれを聞くと、すぐに強く首を振って言った。
「なら、私こそそうです。私は小梅さんの気持ちを傷つけてきていた。知らなかったでは済まされない程、小梅さんに辛い思いをさせてきてた。なのに、小梅さんは私を友達だって言ってくれたでしょう? 私こそ、小梅さんの友達でいる資格なんてないのに」
 今度は小梅さんが素早く首を振ると口を開いた。けれど私はそれを遮って続ける。
「今私が言ったことを違うって言ってくれるなら、小梅さんも私がさっき言ったこと、受け止めてください。私は小梅さんに幸せになってもらいたいの。それがただの自己満足だと言われても、どうしても二人には幸せになってもらいたいんです」
 私は必死の願いを込めて小梅さんを見つめた。
 小梅さんは涙を浮かべながら私を見つめ返すと、何も言わずにぎゅっと強く目を瞑った。小梅さんから、泉水さんと同じ迷いが感じ取れるのに気づいた私は、ぎゅっと目を瞑る小梅さんを見つめて、小さく呟いた。
「お願い。幸せになって」

 

 

back  龍月トップへ  next

 

小説置場へ戻る  トップページへ戻る

 

Copyright © TugumiYUI All Rights Reserved.

inserted by FC2 system