ヤーコはじっと一点を見つめていたかと思うと、今度は頭を抱えて唸りだした。予想もしなかったヤーコの反応に僕は少したじろいでしまった。
「あの、別に答えたくないならいいよ。っていうか、そこまで興味があるわけでもないし」
「いや。答えたくないわけではないが、答えが見つからないのだ」
 ヤーコはぼんやりとして明後日の方向を見つめていた。
「カゾク、とは何だ?」
 ヤーコの質問の意味が分からなくて、僕は間抜けな声で「え?」と言ってしまった。ヤーコはそれには対して気を留めた様子もなく続けた。
「ヒナタの言っているカゾクとはどういうものだ?」
 本日二度目の言葉に詰まった瞬間。
 家族って何? その答えはとても簡単なようで、実はとても深いように思える。家族というものが何なのか、僕には完璧に答えられる気がしない。それでも答えなくてはいけない。僕は考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「家族が何かなんて考えたことなかったけど……。祖父母がいて、両親がいて、中には兄妹がいたりする共同体みたいなものかな。みんなの体に同じ血が流れていて、それが絆になってて。中には血の繋がりなんて関係なく、信頼とかそういう絆で繋がってる場合もある――そんなところかな」
 ヤーコは僕の説明に少しだけ柳眉を寄せた。
「ワタシにも両親はいるし、兄や姉や妹や弟たちはいる」
 兄や姉や妹や弟たちって……どんだけ大家族なのか。僕は反射的に思ったけれど、口には出さなかった。
「だが、ヒナタが言っているカゾクとは違うと思う。一緒に暮らしたりするわけではないし、同じ何かを共有していることもない。ワタシの名はヤーコ=Aただそれだけだ。ワタシの人生に置いて、両親とも兄弟たちとも何ら接点はない。ワタシ達はヒナタが言っているような共同体じゃない」
 やけに神妙な感じでヤーコは言った。そのままヤーコは一点を見つめてぼんやりとする。
「ヒナタの言っている共同体も良さそうだな。でも残念なことに、ワタシには理解できそうもない」
 先程まであんなに僕を振りまわしていたヤーコが、今は小さく見える。あまりの変わりように少し驚いていた。
 しおれた花のようになってしまったヤーコにつられて、僕もしんみりとした気持ちになる。けれどその次の瞬間には、ヤーコは十分に水やりをしてもらって元気を取り戻した花のように、思いっきり伸びをした。
「さて。ワタシの話も終わって、ヒナタの名前も知って、今後ともよろしくとお互いの意思を確認したところで――」
「一方的にヤーコが自分の意思を僕に伝えた、の間違いでしょ」
「……まあ、それでもよい。とにかく一件落着したところで、ワタシはもう何度も言っているんだが、腹が減ったぞ」
 自分の欲望に忠実なヤツ。僕は諦めて立ち上がった。
「適当に何か持ってくるよ。何でも食べれるんでしょ?」
「あぁ。頼んだぞ、ヒナタ」
 僕はドアノブに手をかけて、それからふと思い出したようにヤーコを振り返った。
 改めて考えれば特別何か用事があったわけじゃない。ただ、振り返った方がいいように思えた。
 ヤーコは僕が見つめていることに気付くと、可憐な顔を少し傾げてみせた。
「なんだ? まさかこの家には食料もないのか? なんと不憫な――」
「違うよ! 食べ物ぐらい常にあるから。ただ……何だろう。別にヤーコに用はないよ」
 自分でも支離滅裂だと思いながら言う。ヤーコはむっとした様子で眉間に皺を刻んだ。
「ならどうして振り返る? ヒナタがいない隙に、ワタシが部屋を荒らすとでも思っているのか? ワタシは他人の部屋を捜索する趣味はないぞ」
「そんな心配してないよ。……いや、心配した方がいいのかな?」
 僕の最後の台詞は聞かないことにしたのか、ヤーコは考える素振りをみせてから、ぽんっと手を打った。
「あっ。そうか、ワタシの心配をしているのだな? この時間に何かを食せば、夕飯が食べられなくなるのではないかと」
 時計は今、午後4時50分を指している。確かにこの時間に間食すれば夕飯に響きそうだ。
「別にそんな心配もしてないけど。っていうか、ヤーコのいた星にも夕飯とかあるんだ」
「いや、ワタシの星では一日一食だった。一日を割ってちょうど真ん中の時間に食べるだけ」
「じゃあ、どうして夕飯とか知ってるの?」
「それはだな。この星に辿りついてネコの姿でフラフラしていたときに、人間が話しているのを漏れ聞いて知ったのだ。ワタシは知能が高いからな、すぐに何の話なのか分かったぞ」
 知能が高い、という台詞はあえて右から左に聞き流すことにする。
「でも一日一食だったなら、日本の食事形式には合わないんじゃない? ここは一日三食だよ。朝、昼、晩に食べるから」
「ワタシの星では一日一食だっただけで、別に他の時間に食べ物を口にしてはいけないという決まりがあったわけではない。自由に間食してもよかったしな。まあワタシはあまり間食しない方だったが、だからといって食べられないというわけでもないし」
「あんまり間食しない方だったなら、やめておいた方がいいような気もするけど」
「いや、今は食べない方が問題になりそうなのだ」
 ヤーコはお腹をさすりながら顔を歪めた。
「この星に辿りついて四日。その間飲まず食わずでな。つまりワタシの星流でいうと四食、この星流でいうと十一食抜いているのだ。今日の昼食まで食べていないわけだからな」
 ヤーコはそう言って、ばったりとベッドに突っ伏した。
「頼む。早く何か持ってきてくれ。このままではワタシは消えてしまう……」
「食べないと消えるの?」
 ヤーコは必死の形相。その前で僕は自分でも問題ではないかと思うぐらい淡々と訊ねていた。ここで言い訳させてもらうと、やっぱり地球外生命体の神秘について知りたかったからという立派な理由がある。でも「このままだと消える」と告げるヤーコに向かっては非情な質問だったかもしれない。
 ヤーコはそれでも僕の質問に答えてくれた。
「いや……それはない」
 かなり期待を裏切る答えであったことは否めない。
「ただそんな気分であるということだ。早く何か食べ物をワタシに……」
 ヤーコは両手を擦り合わせて僕を拝むようにした。
 まあ確かに、お腹が空きすぎたときはそんな気分になることもあるかもしれない。残念ながら僕にはそんな経験はないけど。
 僕は本当に辛そうなヤーコを目の前にして、これ以上ツッコミを入れるのは酷だろうと判断し、部屋を後にした。

 

 

back  僕とヤーコの攻防戦トップへ  next

 

小説置場へ戻る  トップページへ戻る

 

Copyright © TugumiYUI All Rights Reserved.

inserted by FC2 system